書評です。






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隠蔽捜査(今野敏)
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多作作家ってたまに本気出す。

3ヶ月ぶりの更新。

今日は警察小説を紹介します。今野敏の「隠蔽捜査」。相変わらず色気が無いですね〜。

【あらすじ】
竜崎伸也、四十六歳、東大卒。警察庁長官官房総務課長。連続殺人事件のマスコミ対策に追われる竜崎は、衝撃の真相に気づいた。そんな折、竜崎は息子の犯罪行為を知る―。互いに自らの正義を主張するキャリアとキャリアの対立。組織としての警察庁のとるべき真の危機管理とは。

速筆多作の作家、今野敏が本気を出した警察小説です。私は警察小説といえば横山秀夫くらいしか読んでいないのですが、割とすんなり入れましたね。読みやすいです。それもまた、多作になれる所以でしょうけれど。

情熱的ではあるけれど、いささか時代や常識に擦れてしまい、変人扱いも辞さない固い信念を抱くキャリア官僚の、矜持と葛藤を描くストーリー。その割にはゴリゴリの暑苦しさは感じさせません。

出来はいいです。ただ、今ひとつアクが無いというか、出来すぎていますね。読ませるエネルギーも考えさせられることも多少はありますが、キモは造形がよく練られたキャラクターの精神の揺らぎを楽しめるかにあると思います。主人公の主張にある程度感情移入できたためなのか、私はストーリーに入り込む事が出来ました。主人公の「夢を追うなら最高の環境で挑むべき」という考えは実に納得。それ以外ではある種の摩擦もありますが。ミステリーとしては期待しない方がいいですね。あくまで純度100%「警察小説」です。

ただ……最後の展開は多少肩透かしを食らうかもしれませんね。私的にはもっとドロドロした展開を望んでいたのですが、水戸黄門的な結末に着地してしまい、心地よさは合ってもどこか歯がゆい、といった具合です。ただ、エンターテインメントとしては充分なのかも知れないですけれどね。

続編の「果断 隠蔽捜査2」は至る所で高い評価を受けています。続編の方がよく出来ているという稀なケースも、実力のある作家ならではなのかもしれませんね。


シャドウ(道尾秀介)
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道尾ブームはいつまで続くか。

更新が遅れてしまったことをお詫びします。

今日は今ミステリ界ではちょっとしたブームになっている期待の新人、道尾秀介の本格ミステリ大賞受賞作「シャドウ」を取り上げたいと思います。

【あらすじ】
人間は、死んだらどうなるの?―いなくなるのよ―いなくなって、どうなるの?―いなくなって、それだけなの―。その会話から三年後、鳳介の母はこの世を去った。父の洋一郎と二人だけの暮らしが始まって数日後、幼馴染みの亜紀の母親が自殺を遂げる。夫の職場である医科大学の研究棟の屋上から飛び降りたのだ。そして亜紀が交通事故に遭い、洋一郎までもが…。父とのささやかな幸せを願う小学五年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは?

『背の眼』でデビューした新鋭作家、道尾秀介の出世作とも言えるサスペンスミステリです。

自分の家族と幼馴染の家族に起こっていた自分の知らない問題に向かっていく主人公の成長が話の軸となっているこの作品。幼馴染の亜紀の言動から「もしかしてこの娘……あれなのでは……」と思わせる節がいくつかありました。結局それは私の考えた通りだったので、この手の展開が苦手な私は辟易としましたが、この作品は基本的に軽い叙述によるどんでん返しの積み重ねで構成されている作品であり、亜紀の過去にもその部分が多少色濃く出ていて、まあ少しはだまされたかな、といった感じです。基本は複線とミスリードの応酬であり、私はわざわざ一番考えたくない方向で推理してしまったため、勝手に予期せぬ引っかかったり方をしていたのですが(主人公が地震を感じた、という部分です)、思えばあれでよかったのではないかと思っています。

オチに多少、某サスペンス映画に似たような部分もありましたが、そこはまあよく工夫したなといった出来には仕上がっています。この作品は生死の観念や心理学、精神医学を取り込んだミステリになってはいますが、初心者を敬遠するようなお勉強的な要素(過剰な専門知識など)はなく、さっくりと入り込めるような描写なので、安心してストーリーに集中することも出来ます。

残念なのは、主人公の少年の見る幻覚が大きな複線のように思わせておきながら、必要なのかどうかもわからない要素にとどまっていたこと。謎解きに全く影響がないかといわれればそうでもないのですが、もっと簡単なやり方はなかったのかな、という感じです。それと、主人公と幼馴染の推理やセリフが小学生の域を脱していること。あれは大人ですよ。まあ全部ひらがなにしなさいとかは言いませんけれど。

少し前の横山秀夫ブーム、ちょっと前の伊坂幸太郎ブーム、ミステリ界では有能な新人がすぐブームを起こしていき、今はこの作品のヒットによる道尾ブームが起きているわけです。新作「片目の猿」の評判は今ひとつなのですが、はたしてどのように成長することか……。

葉桜の季節に君を想うということ(歌野昌午)
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日本語に弱い人になって読もう!

今回は2004年度の「このミステリーがすごい!」で一位を獲得した歌野昌午『葉桜の季節に君を想うということ』を取り上げたいと思います。

理由は最近文庫になったからです。

【あらすじ】
女遊びと体が鍛えるのが大好きな探偵、成瀬はひょんなことからうさんくさい霊感商法団体の調査をすることになる。一方、還暦を過ぎた年齢になっても浪費癖が直らずに借金まみれになった女は、悪徳商法の片棒をかつぐことになってしまった。

タイトルが素晴らしいです。ミステリーでこのタイトルはなかなかお目にかかれません。『セカチュー』や『今あい』のような長くて響きが良いだけのタイトルでないことは、中身を読めばわかってもらえます。

なんといってもこの作品の一番のキモはラストの『どんでん返し』にあるのですが、こちらはずいぶんと好き嫌いが激しく、もともとこの手のトリックが好きな私は読んでいて嬉しいくらいでした。たしかに日本語に鋭い人は読んでいて「もしかして……」と思うこともあるかもしれませんが。

主人公やそれをとりまくキャラクターに味わいがあるのが良いです。ただ味わいがあるのではなく、ラストの『どんでん返し』がまたそれにいっそう深い味わいを持たせる相乗効果があるのです。アイドルのおっかけに熱心な主人公の妹、その妹に心底惚れている主人公の友人、なんのためのキャラ付けなんだろうと思っていたら……ですよ。

非常にテンポがよく、キャラクターの掛け合いも軽快で、期待せずに読めばよい作品なのですが、どうしても未読の人は前評判の高さから期待してしまいますね。私はこの作品を初めて読んだときに「これはこのミスで一位とるかも」と思っていたら、本当にとっちゃいました。あの時は大本命に福井晴敏の「終戦のローレライ」があっただけに、一位はなかなかの出来事だと思います。

ただ、この手のトリックにたいした感動を抱けない人や、途中でオチが読めた人にはあんまり……といった感じでしょうか。青春恋愛小説だと思えばなかなかだと思うのですが。

ちなみにミステリーに疎い私の恩師に読ませたら「微妙……」という返答が返ってきました。むぅ。

行きずりの街(志水辰夫)
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夫婦小説でも可。

志水辰夫は国内冒険小説の分野で知らない人はモグリだというほど有名な方であり、

独特の味わいを秘めた文章「志水節」に惹かれる読者も多いのです。

今回はその志水辰夫の人気作。「このミステリーがすごい!」でも1位を獲得し、現在再販されて高い売り上げを誇っている『行きずりの街』です。

【あらすじ】
女生徒との恋愛がスキャンダルとなり、都内の名門校を追放された元教師。退職後、郷里で塾講師をしていた彼は、失踪した教え子を捜しに、再び東京へ足を踏み入れた。そこで彼は失踪に自分を追放した学園が関係しているという、意外な事実を知った。十数年前の悪夢が蘇る。過去を清算すべき時が来たことを悟った男は、孤独な闘いに挑んでいった…。日本冒険小説協会大賞受賞作(amazonより引用)

相変わらず光ってます、志水節。

ハードボイルドではありますが探偵小説ではないのでミステリーとしての要素は今ひとつですが、構成やキャラ配置が上手く、なによりキャラがよく立っています。

気になるところといえばそのキャラにも志水節が光りすぎているところがあり、それが主人公である元教師の言動にはうまく作用しているのですが、元妻であるバーのママにまでいきわたっているのはどうでしょうか。あれはしみったれたバーのママというよりはいいところのクラブのママでしょう。まあ、キャラクターそのものが紆余曲折を経て傷だらけになった存在だから、多少達観しすぎたところはあってもおかしくはないと思うんですけれど。ハードボイルド小説ですしね。

元教師が自己の中の汚い自分をさらけ出してまでママと会話するシーンは機知に富んでいてとても楽しく、この二人の会話はこの作品の魅力のひとつとして完成されています。

この二人や学園の秘密にスポットを当てすぎている節があるためか、最後まで失踪した元教え子がなんだか地味な存在になっているのがひっかかり、また黒幕の言動が多少ギャグじみてはいますが、敵だったものが味方になるなどの心地よいカタルシスもあり、全体的にはアクの強い主人公が物語を思い切り牽引して気にならせてくれないといった感じです。

ラストの味気ない感じはまあ、爽やかととっていいんでしょうか。

文庫版の解説で北上次郎が言及してはいるけれど、これはハードボイルド小説の体裁をとった、上質な恋愛小説です。私もその面で見れば、天下一品の作品だとは思うんですけどね

ファイアボール・ブルース(桐野夏生)
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これはいい百合ですね。

書評ブログ、最初の書評は直木賞作家・桐野夏生の「ファイアボール・ブルース」です。

桐野夏生と言えば、女探偵村野ミロシリーズでデビューから一気にブレイクし、主婦達によるバラバラ殺人をテーマにした「OUT」で一躍有名になった女流ミステリ作家ですが、

この「ファイアボール・ブルース」は初期の頃に書かれた、桐野作品の中では比較的目立たない部類に入る作品です。

【あらすじ】
負け続けの新人女子アマレスラー、近田が付き人をしているのは、女子アマレス界のスター、火渡。その火渡が戦うことになっていた外人女子レスラーが、火渡との試合の最中に逃亡し行方不明になった。しばらくして発見された外人女性の遺体が、逃亡した外人なのではないかと疑った火渡は、近田と雑誌記者の男と共に真相を確かめることにした。

桐野風のハードボイルド探偵小説を薄めに薄めたような作品であり、ミステリーとしてのエッセンスは弱い。謎解きなどを期待して読んだらがっかりの作品だったりする。

女子アマレスの世界観にちょっとした探偵風味、二時間ドラマのような展開にスポーツ小説のライトさを加えてみました、といったようなあっさり目の仕上がりになっている。

かといって女子アマレスの世界の知識や雑学に富んでいる内容でもなく、魅力的なのは女子アマレスの世界観とキャラクター(特に火渡)である。

キャラクターや相互関係、チープな展開についてこれるなら楽しめる作品であり、だからといって読後感もいたって悪くない。ある種ではさわやかなスポーツ小説と言える。個人的には協会内のドロドロをもっと練りこんで書いた欲しかったような気がしなくもない。

しかし、私は楽しめた。なにが一番かというと火渡と主人公である付き人近田の関係である。女子スポーツ界だと珍しい話でもないだろうけれど、近田の火渡りに対する感情の描写を、私みたいに汚れた人間のフィルタにかけると「これはとてもいい百合ですね」となってしまうのだ。

火渡に褒められると舞い上がる近田、火渡が自分を無視して他の人物に情報を提供すると嫉妬する近田、リングで火渡に締め落とされてショックを受けつつも、火渡に対する闘志に目覚める近田、さらに火渡のキャラがまた格好良いので(モデルは神取忍だけど)、これは言うまでもなくいい百合小説なのだ。

終盤の格闘シーンなど展開の安っぽさはあるけれど、女子アマレス小説として読めばそれなりに読める作品であり(かといって質の高い作品だとは思わない方がいい)、百合小説として読めばなかなかの作品でもある。私は火渡と近田で百合小説を一本書きたくなったが、そんな精神は火渡に鍛え直されるべきだろう。

ちなみに短編集の続編があり、こちらは「女」を重点的に置いた仕上がりになっているらしい。早速調べてみたい。

テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学